第3.1節 法律文書の論述訓練と階層構造の意義
以上のような機能と魅力を備えたScrapboxは法学教育に適している。中でも法律論文の起案を訓練する環境として最適だ。2017年度に筆者のゼミで実践した成果と具体的な実践方法を記す。
2017年度1年間、筆者が担当するゼミで、司法試験論述式試験の答案を起案する訓練を続けた。その環境としてScrapboxを用いたのである。幸い、ゼミ生の4年生のうち1名は、最優秀の成績で総代として卒業した。また3年生のうち1名は大学唯一、早期卒業(3年次卒業)を認められた。いずれも2018年4月に他大学ロースクールの法学既修者コースに進学している。
法律文書の起案環境としてScrapboxが適している最大の要因は、階層構造をなした文章を組み立てられる点にある。判決文や訴状をはじめとした法律文書は一貫して階層構造をなしている。そのような法律文書の起案を業とする法曹三者としての資質を問う司法試験であるから、階層構造をなした法律文書の起案力を問う試験であり、法律文書一般の体裁に則って書く必要がある。
司法試験の答案は、以下のような階層構造で起案する。
第1
1
(1)
ア
(ア)
判決文など他の法律文書も一般に同様の階層構造をなしている。司法試験ではそれを答案用紙に、各階層をインデントして手書きで記述する。深い階層ほど段落全体を右にずらして書くのだ。
Scrapboxはまさにこのインデントによって階層構造を成す書き方をそのままITで実現している。一般のワープロソフトは、行頭にtabを入れて右にずらしても文章が1行を超えて次の行に伸びると左端まで折り返してしまうため、法律文書の体裁にするためには各階層毎にルーラーの設定が必要だ。Scrapboxは段落全体が右に移動するから、例えば3階層目の(1)から書き始めた文章が1行を超えて次行に折り返したとき、ページの左端ではなく(1)の真下に位置する。これこそまさに司法試験の答案に相当する体裁なのだ。それを特段、個別にルーラーを設定するといった操作や調整を必要とすることなく実現するところに、司法試験の論述答案や法律文書を起案訓練する環境としてScrapboxの優位性がある。
法律問題の論述は法的三段論法が命である。司法試験の論述答案はもとより大学法学部における法律科目の期末試験もすべて法的三段論法を用いて論証する。型が決まっているのだ。論ずべき焦点を明らかにした後、まず第一に条文を根拠として規範を定立する。どのような法律要件が揃うとどのような法律効果が発生するのかといったルールをすべて抽象的に論じるのだ。第二に問題文等で与えられた事実がその法律要件をすべて充足するかどうか当てはめていく。具体的な各事実を抽象的な法律要件に一つ一つマッチングさせていくのだ。一つでも充足できなければその規範はその事実に適用されない。もしすべての法律要件を充足したら、第三にその事実において当該法律効果が発生するとの結論を述べる。以上の手順を経て、第一段で定立した規範がその事実に適用されるのである。
法律問題の論述では、こうした法的三段論法というフォーマットを、問題文の事実に現れる一つ一つの法律問題に対して繰り返す。だから構造的な論述が不可欠であり、それを複数の問題点に対して順に論じてゆくから、ツリー構造をなす。
したがってそうしたツリー構造を容易な操作で視覚的に表現でき、司法試験の答案で要請される体裁そのままに記述できるScrapboxの仕組みが最適なのだ。これが冒頭で述べた「オンライン共有ノート」たるScrapboxのうち、「ノート」としての秀逸性である。